生命の歴史-生命即神

生命即神のいわれ・いのちの歴史を振り返える。

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いのちすなわち神
今、自分が生きていることについて考えてみよう。そして選択され続けてきた自分がどんなにすばらしく、かけがえのない自分であるかを見直そう。
地球の歴史と生命の歴史を振り返ったとき、いま、ここにいる自分の存在は過去からの多くの生命の上に存在している。
どの生物一つなくしても連鎖の鎖がなくしても、いま、ここの自分は存在していない。
偶然、淘汰、競争、共に生きてきた命がここにある。 いのちの働きが神であるという「生命即神」のいわれをもう一度かみしめてみよう。

海から上がった魚たち
数十億年前、海に発生した生物が生存するために、劣悪な川に逃げ込んだ。
生物は背骨という海にはないカルシウムの補給といった内的環境を整えた。
そして淡水という環境に打ち勝った。そして運動能力を強化して逆にふたたび海に戻って制覇した。
またあるものは、浅瀬の移動に適する足をもった。しかし生物の進化の中で最大の難関は陸に上がるための抗重力を獲得してことであった。
淡水に順応する以上の過酷な変化を要求された。
生物が淘汰され、また発生していく中で、最後に高等に発達した生物、霊長類それがわれわれ人間である。
この先、未来には別の生命が発生するかもしれないが、人間には素晴しい能力をかね備えている。
それは目標だけあればそれをこなしていく能力をもった生物、人間。遠い過去から選ばれ続けてきてここに存在する私たち。
また誕生においても受精という唯一が自分なのである。
繰り広げていくいのちの力強さはと摩訶不思議は神といわれる由縁なのだ。

生命の歴史
 40億年前 海ができたが海底火山がいたるところで爆発を繰り返し荒れ狂った海であり、大気は二酸化炭素で満ちあふれている。
 38億年前 原始生命が生まれる。
ありきたりの物質(水素窒素酸素硫黄.)から生命が生まれた。
海という包容力に満ちた存在があったからである。
 〜16億年 真核生物が出現。それまでは硫化水素の代謝システムであったが、それは猛毒の酸素を生み出した。 酸素が猛毒であることは今でも変わりがない。生命にとって害でしかなかった酸素をエネルギー源に変えていく逆転のドラマ。
酸素で生きるシステムを獲得するために合体し、共に生きることを選んだ。
この酸素を利用する選択があって、今の地球上の全ての動植物たちの存在がある。
 5.3億年前 カンブリア紀動物群の繁栄。酸素から高エネルギーを得た生物は、自ら動くことを覚えていく。
そして弱肉強食の関係が生まれ、適応する形を獲得していった。
体長60cm、14対のヒレをもったアノマリカリスは最強であった。
哺乳類の祖先はナメクジに似た情けない海の底の生物、しかし神経という筋をもっていた。
将来それは神経系統、背骨を発達させていく。これが生き延びる一本の筋であった。
この時々の選択した形が生物たちのその後の運命を決めていくのである。
 3.6億年前 魚類の繁栄。陸地はまだ過酷な地であった。
海の生き物たちは陸上に上がるために重力に耐える方法として内臓を強化し、骨を硬くして備えた。
そして海からでなく河を経て上陸するが、条件の悪い淡水が上陸や機能を高めていった。
腎臓機能の強化、リン酸カルシウムの貯蔵のための骨の強化。
一つ一つの難関をクリアしていく自然の営み。
出来事。生き物たちの常に前進しようとする不思議なエネルギーなのである。
 2.5億年前 爬虫類と恐竜の繁栄の時代である。
しかし被子植物の登場が恐竜を絶滅させたのかもしれない。
それは昆虫と花粉、蜜の関係は植物と動物のイノチのささえあい-ともいきが陸の世界をつくった。
この関係(持ちつ持たれつ)を作れなかった恐竜ははみ出していったようだ。
「この世の中で、たった一人・一種で生きているものは唯の一つもない」という教訓であろうか。
 400万年前 哺乳類の繁栄。類人猿から人へ。
「手」の進化と家族の発生。互いに助けあう、家族を持ったとき、人が誕生した。
味方になってくれる者がいるという安心感が繁殖期をなくし、 女たちはいつでも子を生むようになった。

 生命の本質は自己成長である
「生命とは物でなくプロセス。
自分自身を作っていく過程です。
生命の本質は成長し、排泄し、物質交換を行い、常に広がってゆきながら、自分自身をつくりつづけてゆくことです。
そしてそれは細胞によって行われているのです。
細胞膜に包まれた小さなスペースに、3000種以上の蛋白質を持っています。
では誰がこの蛋白質や細胞膜を作ったのでしょうか。それはシステム自身です。
システム自身が、自分で作ったのです。
なぜか?増殖、成長し、さらに自己増殖するためです。
そしてこの成長、増殖そして最終的に自己再生産を行うという特性は全ての生命が持っています。」
マサチュウセッツ大学のリン・マーリレス博士

  サバイバルゲーム
共生という言葉にはどこか安定した平和的なイメージがある。
しかしアメーバーの中の研究から見た共生の姿からは、想像していた以上に厳しい敵対関係サバイバルゲームの様を感じた。
生物の敵対関係と共生関係は、緊迫したサバイバルの中で相手と密接に向かい合うことが 相手の利用価値を知ることになり、一転して協調関係のひきがねになる。
共生関係の多くは戦争や闘争から始まり、 非常に微妙な和平状態という複雑な相互作用関係に行き着いたものである。
アメーバの中の細菌、細胞の中のミトコンドリア(ミトコンドリアは細胞内の呼吸を行う器官であるがこれはれっきとしたバクテリアであった。
遠い昔は独立した別の生き物であった。)
生き物の基礎を作られたこの20億年の結論の一つが「共生」であった。
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愛について
地上の生命進化はあるものが他をうち負かすというゲームではない。
ダーウインの影響(適者生存)を現代の人は受けすぎている。
現実の生物の社会では弱いもの同士が共同体を作って生き残り
個として強い恐竜などはそのシステムを持たなかったために絶滅するケースが多い。
他の種よりも圧倒的に強くなってしまった人間そして人同士の関係は互いによりよき生きるという大原則を忘れてはならない。
そこに愛が存在する。

「つきあいかたの科学」CBS出版
参考:生命 NHKサイエンススペシャル
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